秘すれば花

20160926

京都で「オーガニック」+「サイエンス」の 化粧品を展開しているキメラボです。

「秘すれば花、秘せざれば花なるべからず」というのは能楽を大成した世阿彌の言葉とされています。
能に限らず全般に通じることですが、なにもかも全て見せてしまうのではなく、全部を表現しきらないところに「なんだろう」と興味や好奇心は惹きつけられるということのようです。

同様に装いも露出し過ぎるよりも少し隠す方が品格があります。ホットパンツやミニスカートなどは健康的ではありますが、露出するとあっけらかんと健康路線になって魅力がなくなるということも覚えておきましょう。「秘すれば花」というのは精神的な意味合いですが、服装の面でも通用する原則です。
年齢を重ねて女性らしく上品で魅力的であるためには、何もかも開けひろげるのではなく、少し隠した方が魅力的です。

同じことが人生のあらゆる場面でも当てはまる時があります。公的な場で自分のことを洗いざらい告白するよりも必要な人に必要な時に必要なことを言えばよいと思います。

自分の失敗や苦労も言ってまわる必要はありません。自分の中で消化できて、それなりに客観的に見えるようになって、ユーモア交じりのエピソードとして言えるのならいいのですが、まだ怒り、悔しさ、情けなさ、恨みなどが残っている状態で告白するのは避けた方がいいでしょう。自分自身で消化しきれていない時は自分の弱い部分、醜い部分はあまり見せない方がよいのです。どろどろした部分は自分の心にフタをして時間が経ち傷が癒えるのを待ちましょう。

不完全で欠点の多い自分をありのままに告白して、あるがまま認めてもらおうとする人がいますが、とても不遜極まりない態度だと思います。できるだけそうした自分を見せないで少しでもいいところを見せるように努力することが人の品性を高めるのです。

おそらくどんな立派な人でも地位のある人でも、一皮剥くと、弱い部分、情けない部分、どろどろした部分があるでしょう。そうした弱点あるのは人間だから当然だと居直るのではなく、いかに表に出さないように努力するかが重要です。

逆にそいういう努力は無駄、めんどくさい、私にはできないと諦めてしまうと、品格のない人間になってしまいます。
最近は経済的格差より、自己評価格差の方がもしろ問題だと感じる時があります。

日本はいつのまにか、努力する人を、あいつは本当はこんな悪いことしてる、こんなひどい人間だと暴露して引きずり下ろそうという意地悪で品性のいやしい社会になってしまいました。

それでも周りの悪意に負けることなく、お洒落をする時のように、少しでも自分の良さを引き出して、欠点を目立たせなくするように努力するようにしましょう。

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